2017年10月14日

信じるものは救われる

話題になるゲームを見ていると、キャラクターの見た目って本当に大事ですね。
そこそこ話題くらいだったゲームが、1キャラが話題になると一気に跳ねる感じ。
ストーリーの良さでは、なかなかこの跳ねる感じはお目にかかれない。

これは即売会の会場でも感じた。
第一印象は最も大きな情報。

耳憑鬼はその第一印象の情報にはこだわっているし自信もある、
とはいえ、そこはやっぱり「入り口」なので、
その入り口から中に入った所に面白いものが無ければダメ。

面白いもの、面白いものかー…

自分が面白いと感じるものが面白いものであると信じるという、それが一番なんだけど、モノづくりしてると、割りとその辺が揺らいだりすることがある。
原因は色々だけど、多分同人作品だと数字で出てこない事が一番大きい。
逆に言えば、外からの不穏当な圧力みたいなものにさらされることは少ない。

圧力、全くもって好きではないけど、案外大事だったりもする。
押さえつけられると跳ね返そうとするから。
自分を不安定にしたほうが創作意欲が高まるので、安定は嫌いという人に会ったことも有る。
きっとそのまた逆もいるだろう。

自分がどのタイプなのか見極める事、ものすごく大事だなと思う。
でも自分はまだよく分かってない。

人気のある占い師とかは、そういうタイプを見抜く才能がある人なのかなと思ったりもする。
自分がどういう人間なのかを良い感じの言葉で指摘してもらえるなら確かに有益なアドバイスだ。
いや、まったく占いとか行ったことないからわからないんだけど。

話を戻そう。
第一印象はとても大事だという話だ。
そういえば占い師もビジュアルに凝ってる。
あれも、第一印象が大事だからだ。
やはり第一印象はとても大事なのだ。
おわり。
posted by おもむろに at 02:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 桜井AJ

2017年09月12日

エッチシーンを考える

エロゲのエッチシーンの必要性、一時期よく語られていたと思う。

エロゲなのにエッチシーンの必要性が語られる事自体、何だか妙な気もするが、これはコンシューマーやテレビアニメ化が盛んになったから出てくる言葉なんだろう。
なぜなら、コンシューマーやアニメというメジャー化(とは言ってもマイナーなのだが)する時、必ずオミットされるのがエッチシーンだからだ。

最初からメジャー化させるつもりで作っている様に見え、なんだか取ってつけたようなエッチシーンになっているゲームというのも確かにあった。

しかし、だからといってエッチシーンを無くすというのは極論な気がする(実際ネタで言っている人も多いだろうが)。
基本的には、好きなキャラクターのイベントはあればあるだけ良いはずだ。
エッチなコンテンツは今も昔も元気だし。
なのに何故、エッチシーンが要らないなどという話が出たのか。

恐らく、要らないのではなく、不満があるのだ。

ヒロインとの絆が高まった結果、その総決算として用意されるのがエッチシーンで(一般論)、それ故にユーザーはヒロインに入れ込むほど素晴らしい総決算を欲っする。
つまり――

「自分の思い描いた最高のエッチシーンでないのなら、いっそ無い方が良かった」。

そういうことではないだろうか。
アニメ化、コンシューマー化する人気ゲームほどエロが要らないと言われていたのも、
理想のエッチシーンの閾値がその分上昇するからではないだろうか。

少し強引な説なのは自覚しているが、まぁただの駄文なので許してもらおう。
何にせよ、エッチシーンはご褒美であり、総決算であるという事は確かで、だからこそユーザーからの注目が大きく目も厳しい。

耳憑鬼では、エッチシーン要らないと言われないように頑張ろうと思う。
posted by おもむろに at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 桜井AJ

2017年08月12日

変な事を言う人もいる。夏だからね

おもむろには今年の夏コミ落選しました。

落選して改めて思ったのだけど、やはり明確な〆切(デッドライン)が無いとどうにも制作がスローペースになってしまう。

まぁ、自分できちんと〆切を設定してそれを守れれば良いんですけどね。
それのなんと難しい事か。

冬はすぐなのでのんびりしている暇は無いはずなのですが。
日々のあれこれに取り組んだりダラダラしたりする内に、本当にあっという間に時間が過ぎてしまう。

長丁場の同人活動で一番の基礎で、一番難しい事。
何もなくても、日常的に制作に取り組む人間になること。
つらいことがあっても、日常的に制作に取り組む人間になること。
自分を作り変えなければならない。

まるで修行の様にも思えるのだが、本来的には違う。
自分の好きな事にまっすぐに取り組んで、突き詰められるかどうか。
結果が出ても、出なくても。
掘り進め。
掘らなければ金も石油も石ころだって出やしない。

これは訓練ではない。これは訓練ではない。
posted by おもむろに at 03:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 桜井AJ

2017年07月17日

同人の広報を考える(その1)

同人ゲームにおいて、最も課題・障害になるが、結果的に最も軽視されやすい部分といえば広報である。

そもそも、ゲームにかぎらず、同人の出発点・動機はおそらく8割位「作りたいから作る」というモノであり、そこに広報というものは含まれにくい。
広報をしたいから作品を作るなんて人はいないだろう。当たり前だ。
個人がアフィリエイトで稼ぐ時代になり、広報・広告の大事さというのはかなり身近に感じられるようになったと思うが、それでもやはり広報は難しいし進んでやりたいような事ではない。

そしてこれもそもそもの話だが、ほとんどのオタクは広報というものが苦手、もしくはしたことがない人種だ(異論は認める)。
部屋の隅っこで気ままに遊んで、そこにやってきた同好の士と一緒に遊ぶというのが好きな人種。

どこかの発信力のある誰かが、自分の作品を拾い上げてくれて、そこから広めてくれるというのが同人製作者の誰もが一度は思い浮かべる夢であろう。

自分の作品に圧倒的な自信があるのだから、白馬の騎士が現れるのを待つ。
……と、考える事もあるだろうが、その思考は大方「広報への忌避感からくる言い訳」であろう。

どこかから白馬の騎士が現れる事は無い。広報は自分でやらないといけない。

ならばどんな広報が効果的か。
また次のブログにでも考えてみたいと思う。(つづく)
posted by おもむろに at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 桜井AJ

2017年06月21日

モチベーション

物語を作る上で切り離せないのは、読者の存在。
自分一人が読者なのであれば、好き勝手に書いてしまえばいいが、実際そういう事は少ない。やはり誰かに読んでもらいたくなる。

誰かに読んでもらうには、読者が読みたくなる様に作らないといけない。
読みたくなるように作るためには、読者を想定しないといけない。

全体的にウケる様な作りにするのか、狭い範囲でいいからウケるようにするのか。

しかし、結局のところ自分が楽しくなければ続かないし、そもそも自分が楽しくなければ他人を楽しませる事は難しい。

多分、自分が楽しいものが、誰かも楽しいはずだと心の底から信じて作るというのが、少なくとも同人作品の制作においては大事なんだと思う。
どれだけ読者を想定しないといけないとはいっても、本質的には他人の好みは分からないし。

だからテクニックで補える、話の流れとか読みやすさとか期待感をあげる演出とか、そういう部分についてはとことん突き詰めていく事が必要となる。しかしそういう事を学ぶのは割りと面倒だし難しい。
で、『自分が楽しくなければ続かない』という論法をテクニック側にも持ち出してしまう事がある。

まぁ実際、楽しくなければ続かないのはその通りではあるんだけど、やはり物語を作る上で外してしまってはいけない所はある。
というか、そういう所は抑えておかないと読みにくくて仕方ない。素人臭くなるし、多くの人に読んでもらえない。

どうやって技術向上と制作モチベーションを両立して、その上で作品を作っていくのか。
いい仕事場とか、お給料とか、別なモチベーションがあれば解決するのだろうか?
いや、よく判らない。
だからためしに誰か僕にお金をください。
posted by おもむろに at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 桜井AJ