2017年09月12日

エッチシーンを考える

エロゲのエッチシーンの必要性、一時期よく語られていたと思う。

エロゲなのにエッチシーンの必要性が語られる事自体、何だか妙な気もするが、これはコンシューマーやテレビアニメ化が盛んになったから出てくる言葉なんだろう。
なぜなら、コンシューマーやアニメというメジャー化(とは言ってもマイナーなのだが)する時、必ずオミットされるのがエッチシーンだからだ。

最初からメジャー化させるつもりで作っている様に見え、なんだか取ってつけたようなエッチシーンになっているゲームというのも確かにあった。

しかし、だからといってエッチシーンを無くすというのは極論な気がする(実際ネタで言っている人も多いだろうが)。
基本的には、好きなキャラクターのイベントはあればあるだけ良いはずだ。
エッチなコンテンツは今も昔も元気だし。
なのに何故、エッチシーンが要らないなどという話が出たのか。

恐らく、要らないのではなく、不満があるのだ。

ヒロインとの絆が高まった結果、その総決算として用意されるのがエッチシーンで(一般論)、それ故にユーザーはヒロインに入れ込むほど素晴らしい総決算を欲っする。
つまり――

「自分の思い描いた最高のエッチシーンでないのなら、いっそ無い方が良かった」。

そういうことではないだろうか。
アニメ化、コンシューマー化する人気ゲームほどエロが要らないと言われていたのも、
理想のエッチシーンの閾値がその分上昇するからではないだろうか。

少し強引な説なのは自覚しているが、まぁただの駄文なので許してもらおう。
何にせよ、エッチシーンはご褒美であり、総決算であるという事は確かで、だからこそユーザーからの注目が大きく目も厳しい。

耳憑鬼では、エッチシーン要らないと言われないように頑張ろうと思う。
posted by おもむろに at 12:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 桜井AJ
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